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超ミネラル総研代表 鈴木 公士 |
皆様に出会えた事に感謝申し上げます!
サーフィンに野球そしてゴルフ。出来る事が当たり前だと思っていた。もちろん車の
運転も。好きなことをして、好きなものを食べて何の疑いもなく日々を過ごしていた
20代。もちろん自分が病気になることなんて微塵も考えていなかったし、他人事の
ように思っていた。仕事が終われば飲みに行く日々。
自分の体の事を真剣に考える事って、ないかもしれませんよね!
凄くいじめていたんですね、大切な大切な何よりも大切な自分の体を。
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| あれ?目が変だぞ。 |
そう、それは突然やってきました。朝、目を覚ますと目の前のものが、ぐにゃぐにゃに見えたんです。「どうしたんだ?」「脳がおかしくなったのか?」と思いました。
でも、そう見えるのは右目だけ。直ぐに眼医者に行き、検査をしてもらったところ、「眼の中心部に異常があります。中心部なので治療の方法がないですね」と言われました。
「今の医療で治せない病気があるのかよ!」そう思い、この医者だけじゃないと思い、2軒・3軒と病院をはしごしました。が、どこの病院でも言われる事は同じでした。もう受け入れるしかありませんでした。
今まで出来た事が出来なくなる寂しさで泣きました。なぜ?まだ32歳なのに・・・
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| あきらめない! |
それからは1週間に一度、病院通いの日々。待たされるだけ待たされて、治療はなし。
眼底を見るだけで渡されたのはビタミン剤と血流をよくする薬だけ。
先生は「じゃー試しに打ってみますか」そう言って白目に注射。
【俺はモルモットか!】
でも病院に行かないと不安・・・。
どうする事も出来ず過ごす日々。もしもう片方の眼も同じようになったらどうしよう、そんなことばかり考えていました。
でも、自分よりも大変な方は沢山いる。これは俺に与えられた宿命。できることをやっていくしかない。そう思い、前向きにとらえることにしました。
それからは前向きに過ごしていましたが・・・・ |
| 見えない・・・ |
発症してから7年。いよいよ右目は中心部が見えなくなり、もうこれまでかと思いながら病院に通っていました。もちろんインターネットで同じ病気の事を調べては、何かいい方法はないものかと探していました。
そんな時、関西で手術が出来ることころがあるという記事を読み、治せるなら関西でも行くぞ!と思っていたところ、担当の医師から
「もしかしたら手術が出来るかもしれない。話を聞いてみますか?」と言われ、二つ返事でハイと答えました。もしこれで本当に手術で治るのなら・・・・
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| 手術 |
紹介された医師に会いました。
言われた言葉は「手術は出来ますが、物が二重に見えますよ」でした。
どういう事だ!?物が二重に見えるなんて経験した事ないから理解不可能!
どんな手術するんだ?って事になりますよね。
それは、眼底の網膜を全部切り離して移動させ、眼の位置も移動させる、との事。
ますます理解不能!!
「もう片方の眼も同じようになったら困るでしょ。1週間考えて返事してください。」
半分脅かしとも取れる発言にムッとしましたが、なすすべがありません。
結局、手術を受けることにしました。もちろん初めての手術。とても怖かったです。
私は先生に「時間はどれくらいかかるんですか?」と、聞きました。先生は簡単に「四時間半かなー。麻酔どうします?」と・・・。四時間半、部分麻酔でする勇気はなかったので「全身麻酔でお願いします」としか言えなかった。 |
| いよいよ手術の日。 |
いよいよ手術の日。緊張で口から心臓が飛び出しそう。でも、決めた事。「頑張るぞ!」自分にそう言い聞かせ、いざ手術室へ。麻酔をかけられ一瞬で何もわからなくなり、目が覚めた時にはベットの上で、ひどい吐き気と頭痛。麻酔の後遺症との闘いでした。
二度と手術はイヤだ!と私は痛感しました。
しかし、私には二度目の手術が必要だったのです。
二度目は時間が一時間半と言われ、部分麻酔を選択。
しかし、また緊張との戦い。目の下に五寸釘ぐらいの注射針を打ち込まれる。それはもう、痛いのなんの。ただ、痛いのは一瞬で、それからは緊張との戦い。
何故かって?それは、全てが聞こえるんです。メス・カッターと次々と怖い言葉が聞こえてきて「あー切られる!」と思うと全身に力が入り足なんかつりそう・・・。
でも動くことは出来ないし、辛いこと辛いこと。そういえば手術の前にお手玉を渡されたのですが、その理由が今まさにわかる、そんな感じでした。
手術も後半になり執刀医が、目に注射を打っているような感じで「入らないなー、入らないなー」を連発したかと思ったら「後は任せた」と言って違う医師に任せていなくなってしまう始末。不安は募るばかり・・・。
手術が終わり、近くにいた若い医師に「手術は上手くいったのでしょうか?」と聞いたところ「私の口からは言えません」と一言。
「・・・マジかよ」そんな感じでした。
この時、絶対に病気はしないようにしようと心に強く思いました。
入院中は同じ部屋に糖尿病で目が見えない方2人と同室でした。
2人とも糖尿病を軽くみていたようです。本当に怖いな、そう思いました。
そして健康がどれほど素晴らしいことなのかわかりました。
私は今病気と闘っている人の気持ち、再発を恐れる人の気持ちが痛いほどわかります。
また、私の妻が癌になり手術したこともあり、身内が病気の人の気持ちも痛いほどわかります。
だから私は自分の使命だと思い、この仕事に取り組んでいます。
私は素晴らしい先生、野島先生に出会ったことを必然だと感じて皆さんに伝えていくことを決意しました。
一人でも多くの方に健康でいてほしいから!!
たとえ病気になったとしても、あきらめないで欲しい。絶対に!自分がなったから分かるんです。
一度の人生、二度無い人生、自分を信じて楽しく生きましょう。人間の体はそんなに柔ではありません!
私の病気は今、アメリカで失明原因の第一位だということで、日本でも必ず多くなるでしょう。食事で取れないものがある限り・・・・
私の妻は今、本当に元気です。再発の心配も、もうないでしょう。ありがとう!
ちなみに私の手術した目はほとんど見えない状態です。正直毎日怖かったです。
もう片方も、あの日の朝のようになるのではないかと・・・・。
でも今は大丈夫!
皆さんの笑顔が、ありがとうの言葉が力になるから!!
ご不安のある方はご連絡下さい。私達が力になれることが必ずあると信じています。みな健康/http://www.37kenkou.com |
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